ピアノの先生

アタシが幼稚園の時、新しいピアノの先生がやってきた。

母の友人の娘さんで音大を出たばかり。なので生徒はゼロ。つまりアタシが初めての生徒であった。

 

アタシは「せんせい」と呼んでいたが母は「まきちゃんとかまきせんせい」と呼んでいた。 まきちゃんはレッスンになるといつもオレンジ色の軽(だったと思う)に乗ってアタシの家までやっ てきた。

まきちゃんはいつも手にはマニキュアを付けて、爪は長く ショートへアにパーマをかけて髪は茶色だった。そしていつもオシャレなガラモノのブラウスにスカート、そしてJOYという香水を付けていた。

 

これが幼少期から18歳までレッスンを受けていたまきちゃんの印象だ。

また練習しなくても「ゆきちゃん。お稽古してね」というだけで怒られたことは1度もない。 「アタシは爪が長いので弾きにくいけどこんな感じね」と見本を弾き大阪弁なんて話したともない。発表会やらなんやらと事あるごとに 「ゆきちゃんはあたしの初めての生徒なの」と皆に言っていた。それが嬉しくもあり恥ずかしくもあった。

とにかく美人でオシャレで素敵な先生、 ちょっと現実離れしている=(イコール)ピアノの先生だとずっと思っていた。

 

今その当時のまきちゃんの年齢はとっくに越してアタシもピアノの先生とやらを生業にしている。しかしアタシはどうだろう?? マニキュアはたまに塗るけど、スカートなんて履いてレッスンをしたことはほぼない。 まきちゃんのように香水どころか「ちょっと朝から走ってたのでノーメイクでごめんなさい」 ということも度々ある。

おまけに発表会でワンピースを着ると 「ぎゃはは!!先生見違えたわ」と言われる始末・・ 「うちの先生は変わってるからなあ・・練習しろ、よりもまずは挨拶しろ!やもんな」 「ピアノの先生に二十跳びが出来たって話しするとはおもわんかったわ」 などと生徒から言われることも多々ある。

 

でもアタシのイメージはいつまでもまきちゃんなのである。

いつの日かまきちゃんのように髪をクリクリにし、満面の笑みでスカートを履き 爪を伸ばして生徒を迎えたい。

 

「いらっしゃい。よく来たわね」